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神戸地方裁判所 平成8年(ワ)563号 判決

原告

吉川カヲル

被告

藤原繁

ほか二名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金九〇七万六九三〇円及びうち金八三七万六九三〇円に対する平成五年一一月一一日から支払済みまで、うち金七〇万円に対する平成八年四月七日から支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金一五一六万二三一二円及びうち金一四一六万二三一二円に対する平成五年一一月一一日から支払済みまで、うち金一〇〇万円に対する平成八年四月七日から支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた原告が、被告藤原繁(以下「被告藤原」という。)及び被告藤井法明(以下「被告藤井」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、被告有馬運輸株式会社(以下「被告会社」という。)に対しては民法七一五条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、弁護士費用を除く内金に対する本件事故の発生した日から支払済みまで、及び、弁護士費用に対する訴状の送達の日の翌日から支払済みまで、いずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

また、被告らの債務は、不真正連帯債務である。

二  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成五年一一月一一日午前三時一五分ころ

(二) 発生場所

神戸市長田区一番町一丁目四番地先 信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 争いのない範囲の事故態様

被告藤原は、普通貨物自動車(神戸一一い九三二一。以下「藤原車両」という。)を運転し、本件交差点を東から西へ直進しようとしていた。

他方、被告藤井は、普通乗用自動車(神戸五三む三六四八。以下「藤井車両」という。)を運転し、本件交差点を西から南へ右折しようとしていた。

そして、本件交差点で、藤原車両の左前部と藤井車両の左側面前部とが衝突した。

なお、原告は藤井車両に同乗していた。

2  責任原因

被告藤原及び被告藤井は、本件事故に関し、対向車両に注意を払わず漫然と本件交差点を進行した過失があるから、民法七〇九条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

また、被告藤原は、本件事故当時、被告会社の業務に従事中であつたから、被告会社は、民法七一五条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  過失相殺及び好意同乗による減額の要否、程度

2  原告に生じた損害額

四  争点1(過失相殺等)に関する当事者の主張

1  被告藤原、被告会社

被告藤井は、原告が経営するスナツク「ミルキーウエイ」のなじみ客であり、本件事故の発生した日の前日の午後一一時ころから本件事故の直前まで、同店で飲酒していた。

原告はこれを充分認識しながら、午前三時という注意力も散漫となる時刻に、あえて同被告の運転する藤井車両に同乗しており、被告藤原及び被告会社の関係においては、被告藤井の過失を被害者側の過失として評価し、原告の損害から過失相殺すべきである。

なお、被告藤原と被告藤井の両過失を対比すると、被告藤井の過失は少なくとも九割を下回ることはない。

2  被告藤井

被告藤井は、原告の依頼で、原告を自車に同乗させて原告宅に送つていく途中に本件事故にあつた。

したがつて、被告藤井の関係においては、原告の損害から三〇パーセントの好意同乗減額をすべきである。

3  原告

(一) 被告藤原、被告会社の主張に対して

被告藤井は、原告の店ではウーロン茶を飲んでおり、本件事故当時にはアルコールを摂取しておらず、特に自動車運転に支障のある様子は見受けられなかつた。

したがつて、原告が藤井車両に同乗することについては、過失相殺の対象となる過失はない。

(二) 被告藤井の主張に対して

原告が、被告藤井に対して自宅まで送つてほしいと依頼したことはない。

五  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

六  本件の口頭弁論の終結の日は平成九年二月一二日である。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺及び好意同乗)

1  甲第一号証の六、第一九号証、原告本人尋問の結果によると、本件事故の前日の平成五年一一月一〇日午後一一時ころ、被告藤井が原告の経営するスナツク「ミルキーウエイ」を訪れたこと、同被告は同店では酒類を飲んでいないこと、同被告は翌一一日午前三時ころ同店を出たこと、同被告は原告を自宅まで送り届ける途上で本件事故にあつたことが認められる。

右認定に反し、被告藤井の本人尋問の結果の中には、同被告は前日の午後九時ころ同店を訪れ、午後一一時すぎに原告とともに同店を出て、別の二つの飲食店をまわつた後に原告の強い依頼で原告を自宅まで送り届けることになつた旨を述べる部分がある。

しかし、被告藤井は、「ミルキーウエイ」の他の客の存在や自分の飲酒量について曖昧な記憶しかないこと(同被告の本人尋問の結果)、平成五年一一月二六日付の原告の司法警察員に対する供述調書中に、「(本件事故が起こつたのは)店から私の住居まで送つてもらつていたときでした」との記載があること(甲第一号証の六)、原告は、午前五時二〇分ころには起きて、新聞配達をするのが日課であり、本件事故のあつた当日もその予定であつたこと(甲第一九号証、原告本人尋問の結果)、同店にいた他の客が原告の供述内容を支持していること(甲第一九号証)などに照らすと、右認定に反する被告藤井の本人尋問の結果を信用することはできない。

2  甲及び乙の運転する車両が甲及び乙の両者の過失により交通事故を起こし、甲の運転する車両に同乗していた者から乙に対して損害賠償請求がなされた場合、右同乗者と甲との間に身分上・生活上の一体関係も使用・被用関係もないときには、右同乗者と甲との間に共同運行供用者関係に準ずる関係がある、又は、乗込みの態様それ自体に社会的非難が与えられるなどの特段の事情のない限り、乙と右同乗者との関係で、甲の過失は被害者側の過失とは評価されないと解するのが相当である。

すなわち、甲及び乙の両者の過失により生じた交通事故による損害は、民法七一九条一項前段により、甲及び乙が連帯して責任を負うべきであつて、甲と乙との間では、別途、両者の過失割合に応じて求償関係を認めれば足りるからである。

そして、1で認定した事実によると、原告と被告藤井との間には、身分上・生活上の一体関係も使用・被用関係も認められず、しかも、右特段の事情の存在も認められないから、被告藤原及び被告会社の過失相殺の主張を採用することはできない。

3  好意により無償で他人を自車に同乗させていた際に交通事故が発生した場合、同乗者が当該車両の運転者の過失に積極的に加担したなどの特段の事情のない限り、右同乗を理由に運行供用者や運転者の賠償範囲を制限することは妥当ではない。

すなわち、自動車損害賠償保障法三条本文は、自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責任がある旨規定しており、有償、無償による区別をしておらず、また、交通事故の発生につき非難すべき事情が同乗者について存在しない場合には、民法七二二条二項を適用する余地はないからである。

そして、1で認定した事実によると、原告は藤井車両に同乗していたのみで、本件事故に関しての過失がないことが明らかであつて、しかも、右特段の事情の存在も認められないから、被告藤井の好意同乗減額の主張を採用することはできない。

二  争点2(原告に生じた損害額)

争点2に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。

1  損害

(一) 治療費

治療費が金二一九万七三五〇円であることは当事者間に争いがない(別表欄外の注参照。)。

(二) 入院付添費

原告が平成五年一一月一一日から同年一二月一八日までの三八日間、吉田アーデント病院に入院していたことは当事者間に争いがなく(原告は入院期間を三九日間と主張するが、誤算であることが明らかである。)、乙第一八号証、弁論の全趣旨によると、平成五年一一月一一日から同年一二月五日までの二五日間、原告には付添看護が必要であり、現実に近親者による付添看護がなされたことが認められる。

そして、入院付添費は、付添を要した入院一日当たり金四五〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、次の計算式により、金一一万二五〇〇円となる。

計算式 4,500×25=112,500

(三) 入院雑費

前記のとおり、原告の入院期間は三八日間であり、入院雑費は、入院一日当たり金一三〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、次の計算式により、金四万九四〇〇円となる。

計算式 1,300×38=49,400

(四) 交通費

原告は、交通費としてタクシー代金六万〇二二〇円を主張し、甲第一四号証の一ないし四一を提出する。

しかし、右各証は、平成五年一二月一八日から平成六年二月二日までの日付のうたれたもの(甲第一四号証の一ないし三六)及び日付欄が空欄のもの(甲第一四号証の三七ないし四一)であるところ、原告の主張する通院は吉田アーデント病院へのもののみであり、甲第一四号証の一ないし三六にうたれた日付は、甲第二、第三号証、乙第四号証の一、二により認められる同病院への通院日と一致しない。さらに、甲第一四号証の一ないし四一の金額は、金六〇〇円から金二一三〇円まで幅広く分布しており、同一経路を走行したものとは考えられない。

したがつて、甲第一四号証の一ないし四一が通院に要したタクシー代に相当するものであるとは直ちに認めることができず、他に、交通費を認めるに足りる証拠はないから、交通費を認定することができない。

(五) 休業損害

原告がスナツク「ミルキーウエイ」を経営していたことは当事者間に争いがないところ、甲第九、第一〇号証、第一一号証の一ないし五、第一二号証の一ないし四、第一三号証の一ないし七、第一五号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故当時の右スナツクの一か月の売上は原告の主張する金九一万八六七一円を下回らないこと、一か月の変動経費は金四一万四五四一円を上回らないことが認められる。

また、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告の店は夜間の営業が主であつたこと、原告は、退院後も体調が優れなかつたため、平成六年九月ころまで、ほとんど営業をしていなかつたことが認められる。

そして、これらによると、原告の休業損害は、右売上金額から右変動経費を控除した一か月金五〇万四一三〇円の一〇か月分である金五〇四万一三〇〇円とするのが相当である。

(六) 後遺障害による逸失利益

乙第一五号証によると、原告の傷害については、平成六年一〇月八日に症状固定した旨の診断がされたことが認められ、右後遺障害が、自動車損害賠償責任保険手続において、自動車損害賠償保障法施行令別表一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当する旨の認定を受けたことは当事者間に争いがない。

そして、原告の年齢(本件事故時に満四九歳、症状固定時に満五〇歳。)、職業に照らすと、後遺障害による逸失利益を算定するに当たつては、本件事故前の収入である一か月金五〇万四一三〇円を基準に、その労働能力の一四パーセントが、症状固定後一〇年間にわたつて喪失したものとし、本件事故時の現価を求めるための中間利息の控除については新ホフマン方式(一一年間の新ホフマン係数は八・五九〇一、一年間の新ホフマン係数は〇・九五二三。)によるのが相当である。

したがつて、後遺障害による逸失利益は、次の計算式により、金六四六万八七四六円となる。

計算式 504,130×12×0.14×(8.5901-0.9523)=6,468,746

(七) 慰謝料

甲第二、第三号証、乙第四、第五号証の各一、二、第七ないし第一四号証の各一、二によると、原告が平成五年一二月二二日から平成六年一〇月八日まで(実通院日数一三九日)、吉田アーデント病院に通院したことが認められる(なお、乙第四号証の一の通院実日数一二日、乙第四号証の二の通院実日数三日の各記載は、甲第二号証との対比から平成五年一二月二二日を脱漏したものと認められ、乙第八号証の一の通院実日数二三日の記載は、甲第三号証、乙第八号証の二との対比から二四日の誤記であると認められる。)。

また、原告が、平成六年一〇月三日から平成七年五月一二日まで(実通院日数一二日)、山本歯科医院に通院したことは当事者間に争いがなく、乙第二号証の一、二によると、平成五年一一月一一日に神戸市立西市民病院に通院したことが、乙第六号証の一、二によると、平成六年三月九日に宝塚病院に通院したことが、乙第二一号証、弁論の全趣旨によると、平成六年一月一〇日から同月三一日まで(実通院日数八日)、神戸市立中央市民病院に通院したことが、それぞれ認められる(なお、被告藤井は、平成七年一月一三日に原告は須磨赤十字病院へ通院した旨を主張し、乙第一七号証の中にはこれをうかがわせる記載もあるが、他にこれを的確に認めるに足りる証拠はなく、乙第一七号証のみでは未だ右通院を認めることはできない。)。

そして、これと、前記争いのない本件事故の態様、当事者間に争いのない原告の傷害の部位、程度(第八・第九左肋骨骨折等)、前記入院期間、後遺障害の内容、程度等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告に生じた精神的苦痛を慰謝するには、金三三〇万円をもつてするのが相当である(うち後遺障害に対応する分は金二〇〇万円。)。

(八) 小計

(一)ないし(七)の合計は、金一七一六万九二九六円である。

2  損害の填補

原告の損害のうち金八六二万六〇四六円が既に填補されたことは、当事者間に争いがない。

また、乙第二一号証、弁論の全趣旨によると、被告藤井の加入する保険会社である日動火災海上保険株式会社が神戸市立中央市民病院の治療費金一六万六三二〇円を支払つたことを認めることができる。

したがつて、右合計金八七九万二三六六円を原告の損害から控除すると、金八三七万六九三〇円となる。

3  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用を金七〇万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し(付帯請求は原告の主張により、被告らに訴状が送達されたのが、いずれも平成八年四月六日であることは当裁判所に顕著である。)、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

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